2019.6.30

「人生におけるはがねのつるぎを手に入れよう!仕事をクソゲーにする前に。」

辻橋 陽平

京都外国語大学 インターン

辻橋 陽平


初めましての方は初めまして。

未来電子歴23ヶ月の辻橋です。

今は2回生なので、なぜか学歴とインターン歴の計算が合いませんが、それは横に置いておきます。

 

先日、このような記事を見つけました。

 

「人生は練習と思っている所が本番で、本番だと思ってる所はオマケだ」

https://teruyastar.hatenablog.com/entry/20131207/1386476138

 

半端なくおもろい!!!!!

 

どうやら、人生は練習だと思っているところが本番らしい!!!

 

「俺はまだ本気出してないだけ。」

「まだ本番じゃない。」

 

言い訳ばかりどうしようもないクズが一皮むけるためのメソッドがあるのかもしれないと感じました。

 

ええ、どうしようもないクズとは私のことです。

 

正確にはちょっと前の私、でしょうか。

 

ちょっと前のできない自分に向けて、未来の自分から教えておいてあげたいことをブログにまとめました。

 

この記事で伝えたいことの要点を3つにまとめます。

 

・危機感駆動型と希望駆動型の2種類の人間がいる

・希望駆動型になるためには、はがねのつるぎを入手せよ

・自己目的的に生きよう

 

これらの内容が刺さりまくりだったので、記事の中身を引用しながら独断と偏見に満ち溢れた考えを書きなぐろうと思います。

 

それではレッツスタート!

 

危機感駆動型vs希望駆動型

 

私たち日本人は往々にして、締め切りが近づかないとタスクをしないタイプである。

「お前、全然できてないじゃないか!」

「これしないとお前やばいで。」

このように煽られないと動けないのだ。

 

しかし、アメリカ人は違う。

 

煽られるより、

「すごいじゃないか!」

「Excellent!」

と褒められるとより行動するのである。

 

http://mojix.org/2009/07/31/us_kibou_jp_kiki

 

この記事によると、

【アメリカ人は危機感に駆り立てられて行動するのは苦手で、そういう時には失敗を重ねる、日本人は反対に、危機感が薄れると座標軸を見失い、別の深い危機を招いてしまう】

ー竹中正治『ラーメン屋vs.マクドナルド―エコノミストが読み解く日米の深層―』ーより引用

 

と書いてある。

 

私は、「危機感が薄れると迷走してしまう」という風に解釈しました。

 

だからこそ、煽られるうちは動けるが、外部からの煽りがなくなった途端に

「自分なにしてるんやっけ?」「俺のやりたいことはこれじゃない」とやりたいことがやりたい病にかかりだして、迷走しだす。

 

そうじゃない。

そうじゃないんだよ。

 

私たちは、他人に煽られて危機感をベースにして走り続ける危機感駆動型より、楽しみを見出す希望駆動型に変わる方がいいのではなかろうか。

 

「やらなきゃ」から「試したい」へのアップデート

 

ただ、そうは言っても、締め切りが迫らないと、仕事ができない(最大のパフォーマンスを発揮できない)という方もいるだろう。

 

それはまず初動でつまづいているのが問題である。

 

有名な話だが、脳はやり始めないとやる気が出ないような仕組みになっている。

 

https://www.1101.com/ikegaya2010/2010-10-01.html

 

ということは、やるためには、やり始める必要があるわけで、けどやる気がないとやり始めるのは難しいという、無限ループ!

 

だからやる訳などないのですよ。

 

しかし、これは発想の転換、リフレーミングで変えられるものである。

 

そう、「やらなきゃ」から「試したい」への書き換えだ。

 

ドラゴンクエストでも、メラやホイミを覚えたら使いたくなるし、はがねのつるぎを手に入れたら早く敵と戦いたくてたまらなくなる。

今まで地道に攻撃を繰り返して倒していた敵がほんの1、2発で倒せるようになるのだ。

 

これこそが快感。

これこそが楽しさの源。

 

自分の成長やスキルを試したくて仕方がないのだ。

 

反対に、クソゲーと呼ばれているものは、成長を実感させないものや、どの方向性でレベルをあげていけばいいのかわからないものが多い。

 

ゲームがなぜ面白いのかというと、このような人間の脳みその報酬系をうまく活用しているからだと思う。

 

だからこそ、「試したい」に書き換えて、自分を希望駆動型にしてあげるために、人生における「はがねのつるぎ」を入手しようぜ!というのが本ブログの主張である。

 

ピーチ姫なんて助けたくない

 

代表がこのようなツイートをしていました。

 

【スーパーマリオはピーチ姫を助けることが目的。でもゲームをプレイする俺らには彼女を助けること自体は楽しくない。助けてもすぐにまたさらわれるし。キリがない。それよりクリボーやノコノコを踏み潰し、ぽっかり空いた穴を飛び越えながら、昨日の自分より前に進めることが楽しいんだ。仕事もおなじ。】ー@sfkmt twitterより引用。

 

これこそが自己目的的を端的に表しているものだと思う。

 

金、名声、人脈、などの目標はいうならばピーチ姫。

 

助けてもすぐにまたさらわれるし、キリがない。

 

じゃあそんなことより、裏ルート見つけに行ったり、階段とノコノコ使って永遠1upする裏技見つけたりする方が面白いし充実するはず。

 

ただ、目標を持つべきという意見ももっともだと思うし、それ自体は価値のあることだと思う。

大局が見えなくなるとどこに向かっているかわからなくなることもあるだろう。

 

しかし、目標を持つということと、自己目的的は共存可能である。

 

目標に向かって進む際のHowの部分をデザインするのが正解だと思う。

 

だから、目標はガチガチに狙いにいくものとするより、道しるべのようなものでいいのだ。

 

道中を楽しむためにはがねのつるぎを買ったり、裏ルートを見つけに行ったり、自己目的的に活動できるような仕組みを整えてあげること。

 

さすれば充実への道は開けよう!

 

まとめ

 

・希望駆動型になろう

・試したくなるように日々の仕事をデザインしよう

・自己目的的を忘れるべからず

 

この3つがちょっと前の自分に教えてあげたいメッセージです。

仕事が苦行になる前に、はがねのつるぎを手に入れよう!

 

前の自分より今日の自分!

 

これこそが人間の在るべき姿ではなかろうか。

 

あざした!

 


この記事を書いた人

辻橋 陽平

京都外国語大学インターン

辻橋 陽平