2017.3.27

学科の勉強はしっかりとやるべきでしょうか

東妻 航太

神戸大学 インターン

東妻 航太


この質問が出てくるということは、大学の講義に意味を感じられないことが多々ある、ということでしょうか。

僕も大いに迷った時期があります。そして僕が考える結論は、

「意義を『見出せる』ならしっかりやる方がいい。」

「意義がないと認識しているなら、単位を取るだけでいい。」ということです。

大学教授の皆さまからは反論を買ってしまいそうですが、大学の存在意義が設立当時よりも小さくなっていることは事実です。

 

意義を「認識する」ということ

まず「見出せる」「認識」という表現をしましたが、大学での勉強が「絶対的に」意義があるということはありえません。

あくまで勉強した人が「これは自分の将来に活かせる!」と“認識”して初めて意義を持ちます。相対的な答えしか存在しない以上、「やった方がいい」「やらない方がいい」という二元論的な話はナンセンスです。そこは議論の対象にはなりません。

問題は、「自分の将来像を持っているのか?」ということです。

まず現時点で自分の将来像というゴールイメージがなければ、講義で「この講義は将来に活かせる!」と認識できる可能性は0%です。活かす未来が本人の中にないですから。ただ「使うかもしれないし・・・」と知識を積み上げるだけになります。

これを続けてしまうと「知識はあるけど、使えないヤツ」になります。

大量の武器を持っているけど、何一つ使い方がわからない状態です。銃で殴り掛かっても仕方がないですよね。

まず、自分のゴールイメージである将来像を描くこと。将来像がないのなら、まずはこれを探す方が先です。

見つかったら、「この講義は自分の将来像にどうやって活かせるだろうか?」と自問しましょう。自答できるなら、しっかり取り組むべきです。答えがノーであれば、他の講義に時間を割く方が有意義でしょう。時間は貴重です。無駄遣いはやめましょう。

 

情報の価値が下落している

もう一つの側面は、インターネットによって情報の価値が下落していることです。

大学が設立された当時は情報へのアクセスが現代より格段に難しく、大学へ進学して情報を得ることに大きな価値がありました。

ただ現代ではインターネット等によって情報へのアクセスが圧倒的に容易になったことで、情報の価値が大暴落しています。

大学の存在意義は元々高等な情報を手に入れられることにあったはずです。当時なら大学の代替案も少なかった。

でもそれ何年前の話だよ、ってことです。

大学にほとんど絶対的な価値があったのは過去の話。今は大学の意味は「自分で」探さないといけません。

こう考えれば受け身で講義を受けても価値はありませんね。自分で価値を「認識」して、自分の将来にアダプトしないといけません。

 

もちろん海外でMBAを取るために高GPAが必要であったり、特定の資格を狙っている場合は勉強そのものに価値が生まれるので頑張るべきですが、そうでなければ「全ての」学科の勉強が膨大な時間をかけるほど大事なことだとは思いません。

「何のために勉強をするのか?」

目的を見失わずに進みましょう。それが今、大学生に求められていることだと思います。

 

この後読まれている記事

インターン・留学・就活。やることは全部「繋がって」ますか?
京都大学の学生が長期インターンに行くべき理由とは?
学歴じゃんけんでほとんど負けない大阪大学の学生がインターンをする理由
京都大学生の私がインターンを通してPDCAサイクルを円滑に回すコツを見つけた話


この記事を書いた人

東妻 航太

神戸大学インターン

東妻 航太