2018.3.23

前編|英語偏差値30から、海外の企業で内定をもらうまでのリアルな道のり


こんにちは英語講師の中津です。
今では英語を教えさせてもらっている立場ですが、私はもともと英語が大の苦手で高校3年時の英語の偏差値は30台でした。そんな男が海外のIT企業から内定を貰うまでの道のりを書いてみてみました。

 

偏差値30台の高校時代

 

高校三年の夏まで野球漬けで、それまで受験勉強はほとんどしていませんでした。

中でも英語はめちゃくちゃ苦手で文法はさっぱりの状態でした。

しかし流石にやらないと、「やばい」と思いターゲットの英単語をとりあえず8割は覚え、文法書は3周解きました。

ここで、ある程度の語彙力と文法力はついたと思います。

しかし思うように成績は伸びず、偏差値40後半くらいがマックスだったように思います。

大学受験勉強は英語で半分ぐらいしかとれなかったのに関わらず、日本史と現代文のおかげで奇跡的に受かりました。ほんまに奇跡やと思います。笑

 

英語を出来るようになりたいと思ったきっかけ

 

大学生になると、すぐにレストランでアルバイトを始めました。
バイト先が京都にあることもあり、多くの外国人を接客する機会がありました。

しかし英語では何をいってるのか分からず自分の伝えたい事を伝える事もできず、とても悔しい思いをしました。

そこで、外国人にも最高のおもてなしをしようと英語の勉強を始めました。

 

そして私が最初に取り掛かったのはTOEICでした。

TOEICで700点以上あれば英語ができるようになると思い始めました。

そこから毎日8時間ぐらい図書館にこもり、空き時間があれば勉強をしていました。

そして結果的には1ヶ月半400点から760点に上がりました。

これで私はめちゃくちゃ自信がつきました。

 

しかし得たのは達成感だけでした。

 

確かに語彙力リスニングもある程度は伸びました。

しかし実際に英語を喋れるようには全くなっていませんでした。

これではだめだ、どうしたら喋れるようになるんだと模索してました。

 

そんな時私の目に飛び込んできたのがフィリピンのセブ島留学の広告でした。フィリピンの語学学校の特徴はマンツーマンで英語のレッスンができることでした。

喋れるようになりたい私にはとても魅力的でした。

そして私は絶対喋れるようになるんだ!とアルバイトで貯めたお金で1ヶ月間セブ島留学に行きました。

 

不安とワクワクの初めての留学

 

そして迎えた初日、レベル分けのテストをしました。

スピーキング、リスニング、リーディング、ライティングのテストがありました。

リーディングには自信があったのに、1番下のレベルでした。

そうなんです。

全くスピーキングがだめで、コミュニケーションが全然取れないという判定でした。

 

ここから私はやってやるぞ!と毎朝8時から18時の英語漬けの生活がスタートしました。

カランメソッドや発音、フィリピンの文化を知るなどたくさん授業がありました。

何よりフィリピン人の先生はとても明るくフレンドリーだったのが支えでした。

そんな中で英語を喋ればこの人達のことももっと知れ、深い話ができるようになるんだ!と、英語は目的ではなく、コミュニケーションをとるための手段なのだなと気がつきました。

そして私は決意しました。

絶対英語喋れるようになって、海外と日本をつなぐ仕事をするんだと。

 

後編に続く


この記事を書いた人

中津悠太

同志社大学

中津悠太