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こんにちは、インターンのうみじです。

今未来電子でブームになっている「大未来通信簿」

これは「個人の性質や傾向を見える化する」というものです。

人は数字で評価されるような売上や結果だけではない。

気配りができる、社内のコミュニケーションを円滑にしているなど数字では表せないような定性的な役割も多い。

それを定量化し見える化しようという試みです。

詳しい仕組みは代表がしてくれるのでこちらを御覧ください。

他人から見た努力

先日、この仕組を使ってインターン同士で評価をし合いました。

お互いの結果は秘密。

だから他の人との相対評価はわからないのですが、偏差値化しているため標準偏差のばらつきを見ることでだいたいの傾向はつかめます。

 

ここで私が気になったのは
「この人が努力している印象はありますか?」

という質問。

ここは私は平均以下でした。

 

努力ってみえるの?

インターンも営業、プログラマー、ライターといる中でそれぞれの業務について努力しているかどうかなんてわかりません。

ですから、どれだけ出勤をしているのか、インターンみんなやっているプログラムをどれだけやっているか、というところに努力している印象があるかが現れたのではないかと思います。

 

プログラムできるってかっこいい、意味のわからんコードが画面に表示されてるっておしゃれ。
そんなあこがれからチャレンジし始めたプログラミング。

日々の業務におわれ、優先順位は落ち、完全に停滞していました。

 

ですが、ライターの仕事に注力しておりプログラムが進まなかった。

プログラムをやっている時よりむしろ努力はしていた。

でも周りの評価としては努力していない、さぼっているように見える。

努力って全部を知っている自分以外評価できるものなのでしょうか?

 

努力は見せるべき?

少し前に話題になった『天才とは努力を続けられる人のことであり、それには方法論がある』という本。

そこでは、努力は見える化するべきだと書かれて、私もそれはとてもいいことだと思います。

というかできるとほんとにすごい!

 

定性的な「努力」をただするよりも、定量的にわかったほうがわかりやすいし、やる気も出て、目標もたてやすいですよね。

ですが、やはり努力というのは結果でしか評価しづらいと思います。

見える化しているのも、努力した「結果」。

 

具体例

どういうことかわかりにくいと思うのでこれをわかりやすくみていきましょう。

AちゃんとBちゃんのは東大合格のために毎日参考書100ページやる!と決めました。

 

これが努力目標の定量化ですよね。

 

Aちゃんは毎日参考書を100ページ必死でこなしました。

 

Bちゃんは10ページだったとしても、類題をチェックしながらやったり、知識を紐付けながら関連する知識を紐付けながら学習していきました。

 

ここで問題になるのが、Aちゃん。
目標を達成することが目標になってしまい(ここでは参考書を100ページすること)目標が大学合格という手段であるということを忘れてしまっています。

 

これって見える化をした弊害でもありますよね。

 

ただ毎日参考書を100ページやるだけよりも、10ページだったとしても、類題をチェックしながらやったりとか、知識を紐付けながら自分でどんどん学習していくほうが圧倒的に知識が定着しますし、こちらのほうが労力を使い、努力をしているといえると思います。

 

でも、数字を見ただけだと100ページやったほうが努力してる!すごい!というイメージになってしまう。

これってどうなんでしょうか?

やはり努力の過程、努力そのものを見える化することは難しいのでしょうか?

 

努力そのものが見えるとき

先ほどの大学合格を例にとってみてみましょう。

努力しているように見えるのはAちゃんですが、実はBちゃんは本質的にやっている。

 

でもこれって、結局合格できたのか不合格だったのかというところにでてきますよね。

 

ですが、Bちゃんだけ合格でAちゃんが不合格だった場合。

Bちゃんはまぐれで合格して、Aちゃんは努力していたのに・・・

というふうな評価をもらってしまう。

 

Aちゃんだけが合格した場合は、やっぱり努力してたら合格するんだね、Bちゃんはさぼってたから・・・ってなりますよね。

 

私がBちゃんだった場合、ぐれます。笑

見えへん努力やってただけでさぼってたわけちゃうわ!

本質的にやってたわ!

ってなります。

 

 

ですが、努力は見せるべきものではない

自分がやっていればしっかり身につくし自分のためになるというのはよく言われることですよね。

でもここでは努力を評価というところに注目しているのでその答えはちょっとずれてしまいます。

ですが、個人的に努力をするものは何でもよくて、その過程で得た経験や気付きが重要。

 

努力をどのように評価するのかという話に戻します。

このように考えていくと、努力を他人から評価してもらうことは難しい。

努力を評価する際に努力値を図る指数をつくると、それにのっかった努力をする人が評価されるだけで本質的な評価にはつながらなくなる。

 

表面的な努力をしている人が評価されるのは社会的にもったいない気もするし、何よりもなんか納得いきません。

結果が出なくてもその努力を評価して欲しいっていうのはやっぱり甘い。

やはり結果や過程で得た経験にコミットしていくべきで、ただやっていただけな作業のようなことは評価されるべきではない。

 

だから、努力を見える化するためには、その努力での経験を見える化すべきだと思います。

・・・でもこれも、努力の見える化にはなっていないですよね。

 

努力の見える化ってどうやってするんでしょう。難しいですね。

将来的に自分のためになることを自分のためにやれよ、ってことですかね?

あなたの清きコメントもお待ちしております!

この記事を書いた人
海地円香
海地円香

コミュニケーションチームインターン

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