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HOME > BLOG > 松井秀喜の名言から学んだ、3つの力の大切さとは。

こんにちは。森高です。

先日仕事が終わった後に、ふとネットサーフィンをしていると以下の動画に行き着きました。

林先生の痛快!生きざま大辞典

です。(リンク先はyoutubeの検索結果になります。)

 

林先生の痛快!生きざま大辞典とは

様々な「偉人」を「今でしょ」の林先生がわかりやすく。かつ面白く紹介してくれる番組

 

です。これが林先生の教えるのが上手で面白かったので昨日一気に5本ぐらい見てしましました。笑

すべて、いいお話としてまとまっていて面白いのですが、なかでも一番僕自身が感銘を受けたのが

この「松井秀喜選手」について、紹介した動画です。

ですので、今日はそのことについて書いていきます。

 

松井秀喜選手に対する僕の印象について。

正直この動画をみるまで、松井選手についてあまり知りませんでした。

印象としては、

「巨人の4番を打っていてメジャーでもそれなりに活躍した人で、でもやっぱりイチローの方がすごいよね」

っていう印象でした。

でも、この動画をみて思ったことは

「結果だけでなく人間として、非常に素晴らしい選手」

だと感じて好きになりました。そして、松井選手自身、よくよく調べてみると、いろいろな名言を残されていてどれも、非常に深くて面白いものなのですが、今日はその残された名言が3つに分類できると感じましたので、それについて、松井選手の名言とともにご紹介したいと思います。

1.努力

松井選手はみなさんもご存知の通り、高校時代から甲子園での5打席連続敬遠されるなど類を見ないほど非常に秀でた選手でした。そして、鳴り物入りで、巨人のドラフト1位で入団し、1年目からホームランを量産します。

これだけ聞くと、抜群のセンスがあったと思われがちですが、

松井選手は自身のことを

「努力しなければ人並みにもなれない」

「僕は階段を少しずつ登っていくタイプだと思っているんです。」

「一生懸命に練習すれば、必ずいい結果がでると信じているんです。」

と語っています。

さらに、当時の星陵の山下監督や一番練習を共にした長嶋茂男名誉監督は松井のことをこのように語っています。

「足は遅かったし、守備も下手だった」星陵高校 山下監督

「不器用な選手」長嶋監督

つまり、自他共に認める「不器用な選手」で、だからこそ「誰よりも練習を怠らない」選手だったんだろうな思います。

そして、9年間師弟関係で一緒に練習を行った長嶋監督は次のように語っています。

私が監督をしている時の九年間で、一番練習した選手は松井です。練習しているかどうかはわかるんです。一ヶ月、二ヶ月一生懸命する選手はたくさんいます。調子が良くなると彼らは練習をしなくなるんです。それではダメなんです。3年、5年、10年先の自分のバッティングがどうなりたいと思い描いて、それを信じて毎日欠かさず練習できる選手でないと大成しないんです。松井はそれを唯一できた選手です。松井は器用と不器用で見ると、不器用な方の選手です。でも、九年間彼は1日も練習を怠らなかった唯一の選手でした。

このように松井の努力をたたえ、評価されています。当たり前のことを当たり前にすること。これが本当に難しいですよね。それをだれも愚直にこなす。活躍されているのは努力の賜物だということをしって、僕自身もサボってしまいそうになるときは、松井選手を思い出して頑張ろうと思います。

2.改善力

仕事、恋愛、スポーツ…どんなことをしていても、必ず必要になってくるのが、「改善」ということ。

英語の単語として「kaizen」という単語ができるぐらい有名なこの言葉で、人間が発展してきた過程においても失敗から学習して改善していく力というのは非常に重ようだとひしひしと感じています。

この分野において、松井選手はたくさんの名言を残しています。

 

「生きる力とは成功し続ける力ではなく失敗や困難を乗り越える力です。」

「外国人選手のように肩が強くなければ、とったらすぐ投げればいい。脚力が劣れば、スタートの第一歩をどうするかを考えたらいい。自分は何で勝負できるかを考えることによって、活路が見出せるはずです。」

「調子がが悪くなった時も絶対に前の感覚を思い出そうとするのは嫌なんです。そう思った時点で、それは後戻りですから。」

 

上記の三つをみただけでも、彼のすごさがわかるし本当にその通りだと思います。よく「できない理由を見つけるのではなく、できる方法を考えよう」とよく言われますが、松井選手は本当にその言葉をよく理解し、実行している選手だと感じました。そして、きわめつけはこれです。

 

「最終的には個人の能力だと思います。本人がどう感じ、どう工夫していくかということ。日本にもメジャーにもいろいろな教え方がありますが、自分のものにしていくやり方はそれぞれ違います。はっきり言って合う合わないも含め選手の能力なんです。結果が出る選手は合うといわれる。反対に、力を出せない選手は合わないということになる。全てが選手の能力なんです。」

 

僕自身は、なにか困難に直面した時にすぐにできない理由を探してしまいます。

そして、でもそれは自分の能力不足なんですよね。それを素直に認めないといけない。僕自身もそこを認識してまた前に進めるようなそんなことを知れてすごく良かったです。

3.人間力

松井選手は国民的スターにもかかわらず、非常に人間的に謙虚で奢らない性格です。謙虚で義理堅い性格です。

それもあって、人から非常に愛されています。その人間性が一つ一つの発言にも表れています。

「毎日、毎日、二人きりで練習に付き合ってくださり、ジャイアンツの4番に必要な心と技術を教えていただきました。また、その日々が、その後の10年間アメリカでプレーした私を大きく支えてくれました。そのご恩は生涯忘れることはありません。」

「先生にご挨拶しないと田舎に帰ってきた気がしません。」

などなど、以前お世話になった方々への挨拶、お礼こういった当たり前のことをきっちりと行う姿勢をずーっと貫いてきたそうです。

そこにおけるエピソードはまだまだたくさんあるのですが、なかでも一番心に残ったのは高校の校長先生が松井選手の試合を見に来た時のエピソードです。

秀喜くんにチケットをお願いし、東京ドームに試合を見に行った時のことです。おそらく彼は私の席がどのへんなのかわかっていたのでしょう。打席に入る時、私の座っている方に向かってなんと帽子を取り、お辞儀をしたのです。ようこそいらっしゃいましたというように。さりげない仕草ですから、第三者から見れば、松井くんが単に帽子を脱いだとしか映らなかったでしょうが。なんて律儀な男なんだろう。私は感動し、体が震えてきました。

こんなこと、本当に感謝していないとなかなかできないですよね。人様の応援があってここまできている。そういった心がけがあるからこそ、こう言った対応ができるのだと感じました。

こんなかっこいい人になりたいですね。

最後に

ここまで、つらつらと松井選手のことについて書いてきましたが、ここまでの大スターになりながらも、非常に人間的に優れている人物になれた一番の理由は、おそらくお父さんの影響が非常に大きいと思います。

お父さんに関してのエピソードはたくさんあるのですが、

そんなお父さんが、人生で一度だけ松井選手に説教をしたことがあるそうです。それがコチラ

「プロ2年目の1994年オフ。日本シリーズで西武ライオンズを4勝2敗で倒し、日本一になり故郷に凱旋したときでした。

秀喜がタクシーを降り、周囲を一瞥し、手を上げた瞬間私はドキッとしました。さりげない動作の中に天狗になっているというか、スター気取りというか、嫌な雰囲気を感じ取ったのです。

秀樹の瞳の中には明らかにおごりの光がやどっていました。

その夜、私は秀喜に対し、言葉を選びながら初めてこんこんと思いを語りました。

主観的に自分を見てはいけません。客観的に立場を見なさい。周囲の人、例えばマスコミやファンは野球選手として、バットマンとしての一面を見て、美化しているにすぎません。

人間性とか、他の面で評価しているのではないのです。秀喜は自分では気付かないだろうが、あの態度は少し変だ。お父さんにはまるで凱旋将軍のように感じられました。」

このように語っています。

やはり、日本の大スターになるような父親はこう言った人間的な指導も怠らずやっていたのでしょうね。

僕も、そんな父親になりたいなと思ったそんな記事でした。

 

長くなりましたが、こんな感じです。最後までみていただきありがとうございました。

 

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森高大貴
森高大貴

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