2018.5.16

自由になりたいと思う京大生の、ちょっとした抵抗


自由になりたいな。

私は時々、こう思うときがある。

私の周りで渦巻いている世間体とかプライドとか、余計な柵を跳ね除けて、羽が生えたみたいに身体を軽くして、自分の中の理想郷まで、飛び立っていく。

 

ただ、羽を広げて飛んでいく最中にも、私の真下にはひたすらに体面ばかり気にする大人たち、理想のためでも親の反対を押し切れない若者、それらを映した鏡の中の自分が、私の羽を食い千切ろうとするんだろうなぁ。

 

なんて、ありもしない空想に耽りながら、もう一度だけ、口に出して呟いてみる。

 

自由になりたい、と。

 

 

キャラ付けの閉塞感

 

学校のクラスでも部活でもサークルでも、それぞれのコミュニティの中に自分がいるとき、自分は常になにかのキャラクターの役割を担っている。

 

でもそのキャラクターは、不思議なことに、コミュニティによって違うということが多々あるのだ。

 

クラスでは、成績優秀でいつも学級委員長なんかを務める、優等生かもしれない。

家族の中では、素直に自分を表現できない不器用な姉かもしれない。

部活ではしっかり者で、インターン先では下っ端。

 

上に挙げたのは例だけれど、こうしたコミュニティによって変化するキャラクターのどれも、”自分じゃない”と思うことがある。

 

多分それは、私が私の好きなように生きていたいのとは別に、他人や環境が勝手に私というキャラクターを、私の意図せぬところで作り上げてしまうからだろう。

 

ただこの、自分じゃない、という感覚に、どうしても縛られてると感じるのだ。

 

今すぐ下ろしたい「京大生」の看板

 

自由になりたいと、最近ひどく感じるのは、通っている大学にも起因していると思う。

 

私は京都大学に通う4回生で、いまは就職活動真っただ中。

どこかの人事さんがこの記事を読んでしまうと、ちょっと都合が悪いけれど、ほんとうの私は、就職活動の道から少し外れて、好きなことをとことん追求してみたいと思っている。

 

でもね。

こういうこと考えると、ぜったいに飛んでくる。

 

せっかく良い大学に行ったんだから、

ちゃんと就職してほしい。

 

例えば、親からのこういった反対の声とか。

 

事情を知ってる友人・知人はこんなこともちろん言わないが、世間的に見れば親の言葉も至極真っ当。というか、私自身も、心の中のもう1人のあいつが、何度も何度も囁きかけるのだ。

 

 

ねえ、捨てるの?

 

京大なんてネームバリューも、新卒切符も。

 

あんなに頑張ったのに?あんなに痛い思いしながら勉強したのに?あんなにもがいて、必死にたどり着いた居心地の良い場所なのに?

あんなに、あんなに、あんなに……。

 

 

捨てるんじゃなくて、やめるということ

 

私の中の悪魔ーいや、後々のことを考えれば天使なのかもしれないーが、いつのまにか私の耳をつんざくように叫び始めたとき。

 

ー違うよ。

 

心の中じゃなく、もっと深い、心の奥底に眠っていた本当の自分の声が、どこからともなく降ってきて、私の耳に優しく手を当て、悪魔から自分を守ってくれた。

 

違うってなにが?

京大なんて、大切な看板を捨てようとしてるだろ。

安定して働ける道も、今までの努力も。全部全部、捨ててしまおうとしてるだろう?

 

悪魔は、悪魔というだけあって、痛いぐらいに私の葛藤を、むき出しの状態で私の前に突き付ける。

 

けれど、こんなことで引き下がる本当の自分はいなかった。

 

ーだから、違う。私は捨てたりなんかしない。今までの自分も、今の肩書きも、捨てるわけじゃない。

捨てるんじゃなくて、もういらなくなったから、ただ手放すだけだ。

ただ、ちょっとここで、今までの自分をやめてみるだけなんだ。

 

 

自由になるには。

 

いまの私は、自由になるために、天使の仮面を被った悪魔と、必死に闘っている状態かもしれない。

 

ここで就職活動をやめてみようーなんて、突然決心することはできない。

 

ただ、今までの自分ー良い大学にいるんだから、いい企業に就職しなければならないーとプレッシャーを感じていた自分とは、さよならをした。

 

そんな柵まみれの自分を、ちょっとやめてみた。

 

そんなの、自分の好き勝手にすればいいじゃん!

心では分かっていながら、実際に実行するのはとても難しい。

でも、捨てるんじゃなくて、前に進むためにやめるのだとしたら。

 

それは難しいけれど、とてもステキじゃないかと私は思う。

 

他人に決定づけられたキャラクターだって、有名大学のラベルだって、

 

自由になるために、取り去ってしまおう。

全部じゃなくて、一部分だけでも。

今までありがとうって言いながら。

 

 

今この文章を書いている私は、一番自分らしくて、自由だと思った。

 

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この記事を書いた人

鈴木萌里

京都大学

鈴木萌里