関西の長期インターン実績NO.1の未来電子テクノロジー

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こんにちは。メディアチームインターンの加屋です。

今回は自分の「過去」に「未来電子テクノロジー」を掛け合わせて『加屋陽士』という人間を書いていこうかと思います。

かんなり長いので覚悟して読んでください。笑

過去編。

まずは「過去」から。 未来電子にくる前の自分の人生を振り返ります。

 

幼少時代

僕は生まれは岡山県で、幼少期を福岡県で過ごし、小学生から大阪に引っ越してきました。

両親は共働きだったので、基本的には保育園にずっと預けられ、小学校では学校側に預けられ、 おばあちゃんに面倒を見てもらいながら育ちました。

結果的には自分一人が多かったので好きなようにして生きてこれましたが、友達はあまり多くはなかったですね。

学校では誰かに従うのが嫌いで、自分が作るルールや自分の中での流行しているものを他人に押し付けて、それについてくる子とだけ仲良くしてました。

だから、昔からの連れとは本当に今でも仲がいいです。 幼なじみの平野君はバイトも塾も同じで、今では未来電子で同じく営業やってます。 1-2 こいつが平野です。

さてさて、僕の話に戻ります。

僕は友達には当たりが強かったですが一方、権力者に対してはかなりへいこらしてました。

学校の先生、父親、母親。 彼らにはいい子ちゃんを演じてたので怒られた記憶が全く有りませんでした。

良く思われようとする心理がかなり働いていたので、 外面だけはかなりよろしいガキだったと自負しております。

幼少期はそうやって外面良く自分を隠して生きてきた自分でした。

裏では友達にうんこ踏ましたり、カードゲーム負けそうになったら相手のカードをぐちゃぐちゃにしたりとしょぼ〜い悪さしてましたね。笑

 

小5〜高3(バスケットボール部時代。)

そんな僕も小学校5年の時にミニバスケットボールに出会い、自分を表現する場が増えました。

身長も当時はかなり高い方でしたので、チームでは中心的存在となりかなりやりたい放題してましたね。

調子に乗ってました。

ちなみに、その頃は当時流行ってた「野ぶたをプロデュース」というドラマに影響されて、友人を変態にプロデュースするってのにはまってましたね。

その友人は僕が何もせずとも成長していきましたが。笑

その後の中学でもバスケを続けました。

中学校時代も小学校からの友達とバスケを純粋に楽しんでいました。 特に何もなかったですね。

 

人生で初の挫折 高校時代。

ちょっとここからまじめな話を。

小中学校時代はバスケに没頭していたので、高校もバスケがしたくてバスケの強い高校へ入りました。

勉強の面もしっかりしている高校だったので入るのにはかなり苦労しました。

部活しかしてなくてバカだった自分を偏差値20程上げてくださった塾の先生には未だに感謝しています。

努力も実り、晴れ晴れ入学した高校でしたがそこで初の人生の挫折を味わいました。

中学まではある程度、自信があったのですがそれは自分のいた小さな区域でのこと。

近畿圏の選抜の子たちが推薦できていて、一般で入ってきた子との差は入学時ではかなり有りました。

部員数が60人程いたので練習試合に出るのも苦労しました。

一年二年の前半頃は全く試合にも出れず、外周して筋トレしての日々が続きましたね。

更にテストの点が悪いとボウズになったり、 練習させてもらえなかったりとかなり厳しい環境だったと思います。

自分中心で生きてきた自分にとってはかなりきつく、バスケが嫌いになるほど辛かったです。

 

【推薦組み】と【一般組み】。

バスケ部の中では学年とは別にもう一つ区別がありました。

【推薦組み】と【一般組み】。

これは別に先生が決めたとかいうものではありません。

どこの部活でもあると思うんですが、必然的にやはり推薦で来た子の方が技術で選ばれて来ているので試合に出させてもらう機会が多いと思うんです。

逆に一般で入ってきた子は余程の技術が無いとなかなか試合に出るのも難しい。

うちの高校は幸いにも、先生が技術以外の頑張りを認めてくれる本当に良い先生でしたので練習試合とか、点差がついた時には一般の子も出させてもらえました。

ですが、やはり一般の子は雑務であったり、後輩の面倒を見るのがほとんどでしたね。 別にそれが悪いとは今も思いません。

そういった下働きできる子たちがチームを支えていたのは事実ですし、今思えば僕はそういった雑務を続けられる子の方がチームにとっては大きな存在であったと本気でそう思います。

 

葛藤と戦った日々

僕はチームの中で変なポジションでした。

僕は推薦ではありませんが、塾が同じな先輩のツテで春休みから推薦の子と入学前に練習に参加させてもらったり、試合に出たりさせていただいてました。

結果、一般ではあるけどもその中でもちょいちょい試合に出させてもらえる感じ。

ですが、やはり試合に出る機会は推薦の子よりは少なかったので一般の子達と雑務をすることが多かったです。

準推薦、半一般みたいなポジションでしたね。

そんな自分にも努力を続けていればチャンスは来るものです。

ある程度、技術もあったので二年の初めに新チームの試合に出させてもらいました。

そこで結構活躍もできたんですね。 そこから、試合に出るメンバーの練習にも参加させてもらえるようになり、かなり調子にも乗りました。

 

もっと試合に出たいという欲も増えました。

 

でも、それと同時に一つ思ったんです。

 

「今まで一緒にいた一般の子達にどう思われているんだろう。」 と。

 

今考えれば多少は妬みもあったと思うんですが、 それでも彼らは僕を応援してくれていたと思うんです。

ですが、当時の僕はその子らの思いだったりとかよりも自分がどう思われているのかがとても怖かったです。

今も思い返すとかなりクズですね。

ですが、僕はその負のスパイラルから引退するまで結局抜け出すことはできませんでした。

 

試合に出たい。 でも、人にどう思われるのかが怖い。

 

この葛藤の日々がかなり辛くて逃げ出したくて仕方ありませんでした。 というか、逃げ続けましたね。笑

何度か克服しようと思ったんですが、全身がその腐れ根性にどっぷり浸かっていたので勝手に体もおかしくなっていきました。

試合に出されればストレス?で腹痛になり病院に搬送されたこともあります。 プレッシャー弱すぎ。笑

それでもって、ベンチに入れなかったときは入った子を妬んだり、拗ねて入れなかったメンバーでゲームしたりとかなりのどうしようもないやつでした。w

今思えば、敵は本当に自分だったとつくづく思います。

勝手に自分が作り出した人からの評価。 人の目。 この見えない恐怖と戦おうともせず逃げ続けました。

バスケ部を引退した時に感じた事は一つ。

不完全燃焼。

もうね、悔しくて悔しくて。

自分が招いた事ですが。

生まれて初めて自分の思い通りにならなかったことやと思います。

こうして書いてるとかなりわがままですね。笑

本当に高校までは自分が好きな事はつめてつめてつめまくれば何とかなったんです。

バスケ部時代ではならなかった。

というより、自分からチャンスを捨ててしまった感覚ですね。 こうやって、僕の高校時代は幕を閉じた訳です。

 

大学一回生

大学に入ってからは常に弱い自分との戦いの日々でした。

何となく入ったバスケサークルも馴染めずすぐに止めてしまいました。

大学では自分の好きなことだけやろう。 嫌ならすぐ辞めれるし。

そんなことを思いながらヒッチハイクだとか、チャリ旅だとか好きなことばーっかしてました。

でも、常に心の中にあったのは自分がしたいことはこんなことじゃないだとか、自分は周りとは違うんだとか、やりたいことを見つけさえすればおれは最強なんだとか、くだらないことばっか言ってましたね。笑

バスケは挫折してしまったけど、次見つけたやりたいことは絶対やり通すぞ!っていう気持ちが本当に強かったです。

思い当たる策はとりあえずやってみましたね。

 

 

学生団体を作る

春休みに議員のインターンに行く

イベントに参加する

起業するだけはできませんでしたが。笑

 

 

とりあえず、誰かに認めて欲しかったんでしょう。

実は幼少期から何も変わらない。

 

承認欲求の塊。

これは今でも変わりません。 一時はこの承認欲求に悩んだ時期もありましたが、今では上手く付き合ってるつもりです。

 

過去のまとめ

過去の自分をまとめると、

ワガママ

人の痛みがわからない

バスケ部での挫折

承認欲求の塊

 

こんな感じですね笑

 

これが未来電子に入る前の自分です。

本当ならここから未来電子に入って劇的に変わったお話をしがちなんですけども、実はそうでもないんです。 笑 実はこれらのまとめは現在も何一つ変わっちゃあいないです。

忘れようとした時期もありましたが、今ではこの過去があって本当に良かったです。

 

 

ワガママでないと自分の意見を通せません。 今でも自分のワガママを必死で実現しようともがいています。

人の痛みがわならないのは致命的ですが、この弱点がわかっていることで相手の立場に立って考えることも学びました。 まだまだ勉強中。

バスケ部での苦しみがあるからこそ、次は負けないという思いがあります。 このバスケ部での経験は今でも本当に自分を動かす大きな原動力です。

人間を動かすのは大きな負の感情です。 次は絶対負けないための原動力です。 承認欲求は消えることはありませんね。 僕が人間である限り。

承認欲求が無い人間がわざわざこんな長文ブログ書いたりしませんから。笑

 

とまぁ、かなり長々と暗い内容にお付き合い頂きましたね。 すいません。 実際の僕はもっと明るいので安心してください。

僕の暗い過去はこの辺で終わりです。 次からはこのポンコツがなぜ、宗教臭い変な大学生に変貌を遂げていったかについて書いていきます。

 

未来電子編。

さてさて、先ほどとは打って変わってここからは僕がなぜこれほどまでにキモイ系意識高い系大学生になっていったかについて考えてみましょう。

考えた結果、あきらかにこれしかないのですが僕が未来電子テクノロジー宗教にどっぷりはまってしまったことが一番の原因かと思われます。

大学でも良く言われます。

おまえもう社員やん。笑

とか、

宗教臭いで。

とか、

頑張ってるね〜

とか。

最後のは違いますね。 ただ、僕もしょぼいながら男です。 プライドぐらいあります。ありすぎます。

そう簡単に宗教に落ちる自分ではありません。

僕の大学生活がほぼ未来電子化していったのにはちゃんとプロセスを踏んでいってます。

どうやってキモイ系意識高い系になっていったか、 僕の中での印象深い未来電子ストーリー三話分で振り返っていきましょう。

 

第一話 初出勤日

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第一話を語る前に、この方のご紹介から。

未来電子テクノロジーを知っている方にとってはおなじみですね。 そう。芹生さん。

この方は未来電子の常務取締役であり、最高の営業マンであり、そして元インターン生の面接官でした。

とても知的で頭の回転が早いです。

感情豊で時にはかなり厳しく、でも仕事が終わればインターン生を連れてご飯や風呂に連れてってくれる面倒見の良い人です。

本当にハッキリとものを言う人なので平気で人の気にしている事もズバズバとおっしゃります。

僕のハゲネタも大阪に帰ってきてはちゃんといじってから東京に帰っていきます。笑(現在は東京支社で活躍されています。)

芹生さんの前では隠し事、嘘は通用しません。

 

さてさて、前置きが長かったですね。 それでは僕の忘れられない未来電子ストーリー第一話からいきましょう。

僕が入った当時は未来電子に入るためには先ほど登場した芹生さんのとても厳しい洗礼を受けるのが絶対でした。

当時、面接にやってきた何も知らないペッペラパーな自分は根拠の無い自信とチャリ旅の話で未来電子の面談に挑んだわけです。

結果は言うまでもなく、かなりの現実をつきつけられましたね。笑

ただ、その時はまだインターンに行くと決まっただけで終わったので良かったんですよ。

 

問題は初出社日。

この日の事は絶対忘れられないです。 今でも覚えてます。2014年9月16日。

全く同じ時期に、同じ大学の同じ学部学科の友人と出社しました。

これは本当に偶然。 彼と同じ作業をしているのに僕だけ作業が全く進みませんでした。

一日中不慣れなPCでカタカタ環境設定をしてました。 もう全然終わらなくて諦めて読書してました。

じゃあね、もう

 

 

芹生さんドッカーン!!ですよ。笑

 

 

今では笑い話ですが、当時は本当につめられてつめられてもう半泣き状態でした。

会って二回目の人間にここまで言うのかと。笑   早く終わってくれと必死に願っていたのを覚えています。

 

 

さらに、その日の僕の試練はまだまだ続きます。

芹生さんにつめられ泣かされかけているころ、僕の携帯が鳴りました。

その時好きで告った子からの電話。

 

「◯◯さんから着信です。。。」

 

今それどころじゃねぇ!泣

 

ってか助けて!!泣

 

結局、帰りにその子にもフラれました。笑

 

会って二日目の人に自分という人間を否定され、

好きな子には電波が悪いからとLINEでフラれ、

ダブルパンチで一気にどん底まで落とされたのが初出勤日です。笑

 

ただ、その時点でなぜか自分には何も失うものがなくなった感じしたんです。

その時誓ったのが必ず芹生さんをいつか見返してやる!!ってことでしたね。笑

なぜか凄い絶望感の後に復讐感じゃないですけど、やる気がこみ上げてきたのを覚えています。

こうして僕の未来電子としてのインターンが始まりました。

 

第二話 カプリチョーザの乱。

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こちらの方は誰もが知っているでしょう。

未来電子テクノロジーの代表取締役社長の福本さんです。

社内では代表と皆から慕われています。

僕の尊敬する人です。

代表には営業から、プログラミング、考え方、ご飯、風呂などなどこれまでにたくさんお世話になりました。

現在も大変お世話になりっぱなしです。

そんな代表に初めて、代表行きつけのパスタ屋さんカプリチョーザにつれていっていただいた時のお話です。

これは多分、死ぬまで一生忘れないことだと思います。

 

これまた日にちまで覚えてるんですが、去年の10月25日。

その当時、僕は悩んでいました。

 

 

入って一ヶ月経つのに営業で一本もアポが取れない。

 

同じく入ってきた子は取ってるのに自分だけ。

あまりにもへこみ過ぎて一人で帰ろうとしてました。

そんな時に社員の森高さんに代表と飯行くから、代表に相談してみ!って言われたんですね。

しょぼしょぼの僕は言われるがままに代表たちとカプチョへ。

そこで緊張しつつも思い切って代表にこう切り出しました。

 

「すいません。僕自分に自信が無いんですが、どうすればいいんでしょう。

 

すると、ここで僕に取っては神のアウトが返ってきました。

 

 

 

「おまえはかっこつけやねん。」

 

 

 

ええええええ?笑

 

 

どういうことですか??

 

 

当時の僕はそれを聞いた時全然理解できませんでした。

 

絶対同期のあいつの方が見た目ちゃらいしかっこつけですよ!!

とか、他人をdisるというクズぶりを発揮してましたね。笑

 

代表はその後、バカな僕にちゃんと構造化して説明してくれました。

 

自信がない。

自分で判断できない。

失敗を恐れている。

 

つまり、

 

他人にどう思われるかを常に考えている

人に良く思われるかを常に考えている。

正解しようと思う。 羞恥心がある。

 

これをズドーン!!と言っていただけたわけですね。

 

このことがもう当時の僕には衝撃過ぎて。笑

幼少時代の僕から高校時代の僕まで読んでいただけたと思うんですが、 序盤に話したとおり、 僕は承認欲求が凄くて、 バスケ部時代では他人の目や評価を気にして、 もう恐ろしい程に全て当てはまっていて。

これほどまでに自分の本性を正確にブッ突き刺された経験が無かったので本当にかなりの衝撃を受けました。

 

そのカプチョで教えていただいたことは大きく分けて3つ。

自分がかなりのかっこつけであること。

物事を直感で判断すること。

本質を突く良い質問をすること。

中でも、やはり一番目のかっこつけの話がかなりの自分にとっては大きい事で、

帰り道、代表と上本町でチャリで別れてからは大泣きしまくって帰ったのを覚えてます。笑

これまた不思議な感覚で悲し涙でもなく、嬉し涙でもない。 笑い涙。 もうずっと笑いっぱなしの泣きっぱなし。笑

本気で自分が狂ってしまったんかとさえ思えたあの感覚。 怖いけど笑い泣きが止まりませんでした。

それまでの自分の中のモヤモヤが全て吹っ飛んだ感覚でした。 こんな事書いたらまたキモイだの宗教だの言われるんやろうな。笑

否定したいけど、本質を突かれ過ぎて受け入れざるを得ないあの感覚。

びっくらぽんですよ。本当に。

代表にかっこつけと言われてからはかっこつけるのを辞める努力をし始めました。

学校で一番前の席に座りだしたのも、その頃からですね。笑

死に近い選択をし続けろと習ったのもその頃で、 岡本太郎さんの本を紹介していただいたのも丁度その頃です。

このカプチョの乱があってからは代表から出される無理難題は必ず挑戦するようにしています。

騙されているだの、操られているだの最初は良く言われたものです。 特に親とか。笑

でも、騙されててもいいじゃないですか。操られててもいいじゃないですか。 と本気で思えるからこそ、現在の僕はここまでキモイ系意識高い系なんでしょうね。笑

まさに、リープオブフェイス!! また宗教チックなことを言ってしまった。

ちなみに、僕は未来電子に来て自分のやりたいように日々取り組めているので幸せですよ。笑

人の目気にして何もできなかった今までとは比べ物にならない程にね。 代表と未来電子の人に感謝です。

 

第三話 最終回。キモイ系意識高い系男子の結末

別に最終回とかいってるけど確実に僕の行動は止まりません。

これからも。 ただ、この最終回では最近の未来電子関連のホットな話題をしようかなと。

最近の自分の中でホットな話題としてやはりこれですね。

 

大学の授業で講演させてもらえるようになったこと。

 

これはまだ行っていないのですが、 既に先生から許可と依頼は受けています。

なぜこんな話になったかと言いますと、 さっきに第二話にも登場した「一番前の席で授業を受ける」をし続けていたからなんですね。笑

この羞恥心をなくすためのトレーニングがまさかのこのタイミングで自分にアウトプットのチャンスを運んできたわけですよ。

流れ的には先生と仲良くなって未来電子の名刺を渡したのがきっかけでした。

なんと嬉しいことに、名刺を渡した日の次の週の授業終わりに先生からこんな嬉しい事を言っていただいたんですね。

 

 

「君の金魚鉢のブログ読んだよ〜あの内容をこのクラスの生徒にガツンと言ってやってくれないかな〜」

 

本当ですか?!

 

ありがとうございます!!!

 

是非、やらせてください!!!

 

よろしくお願いします!!!!

 

会社内での数人を目の前にプレゼンをしたことはありますが、

大勢の前で、 しかも、自分の大学で、 もう最高じゃないですか!! わくわくしませんか??

まだ何も内容は考えてませんが、かなり楽しみにはしています。

この話で言いたかった事は常に常に死に近い選択をしろってことです。また言うてるわ。笑

これも代表から教わったんですが、

この瞬間、瞬間でする死に近い選択がのちのち自分に大きなチャンスをもたらすのです。

僕が身をもって実証しているので胸を張って言えます。

僕にはあの時苦しい方選んでおいて本当に良かった〜 と思えるシーンが多々あります。 (未来電子に来てからですけど。)

結果的にはその時が苦しくても、その後で得た返りが大きければ大きい程に あの時苦しい方選んで本当に良かったと思えるもんなのです。

逆に易きに流れていたバスケ部時代の方が後から後悔したり、悔しい思いをしたりという感じで辛かったです。

一応、補足しておきますがバスケ部時代の思い出は僕にとっての財産です。 あのときの経験が今の僕を作っているので感謝しています。

 

まとめ。

どうでしたか。キモイ系意識低い系大学生の自分の人生。

ますます、僕に違和感を覚えましたか? それでいいんですよ。

人に印象づけるには違和感、嫌悪感が最適ですからね。

有名になりたいだとか、 俺は、私は、人とは違うんだ!とか言ってる諸君。

僕も君らと同じだった。

でも、それを思ってるだけじゃ突出した存在にはなれないよ。

経験者が言うから間違いない。

実際、未来電子にいる人を見てつくづく思うけど、 本当に凄い人って、そもそもそんなこと考えてる暇無いくらいに一つの事に没頭してる。

キモイくらいにね。

自分がこれ良い!!好き!! って思うもの。

直感で感じるものには人の意見なんて関係ない。

飽きるまでやるべきです。

そのやりたい事に対しての弊害がもし僕と同じような他人からの評価だとすれば解決策はもう見えてますね。

 

嫌われることを恐れるのをやめましょう。 かっこつけるのをやめましょう。

 

そうすればよりいっそう人生が楽しくなるはずです。

そして、自分が良いと思った事をキモイくらいに没頭し続けていれば、 いつの間にか他人の目なんて気にもならなくなります。

逆にアンチだったり、批評が来たらテンション上がったりするんですよ。笑

人は皆自分とは違う人間がいると排除したがります。

これは日本人の特性かな? 同じような人のグループに入って自分を馴染ませる。

服装、髪型、行動、考え方。 僕は大学生がほぼ全員おんなじに見える。

おっと。 またいつもの大学生アンチに走るところやった。

もし、あなたが私は他人とは違う。って思ってるなら人に嫌われる努力を実践してみてください。

それができてキモイと言われだしたら一人前ですね。

周りがあなたに違和感を覚え始めたら合格です。

 

とまぁ、こんな偉そうなこと言ってる自分ですがまだ何も実績等が無いです。

このまま行くとただのキモイやつで終わってしまう。

それもいいけど。笑

せっかく、未来電子に入って回ってきたチャンスをここで潰すのは本当にもったいないですね。

ここにいれば成長できるという甘い考えは捨てるべきだ。 自分もまだまだ皆さんと同じ。 遊んでる大学生と同じ。 負けてられないです。

 

ここまで9000文字のこの記事を最後まで読んでくださった皆様。

ありがとうございました。 書く方も読む方も疲れましたよね笑

 

ご安心ください。 僕がこのような記事を書く事はもうありません。たぶん。。。

来週からは通常通り、思った事をブログで発信していくので、これからもよろしくお願いします。

では、また金曜日の12時にあいましょう。 お疲れさまです!!

あなたの清きコメントもお待ちしております!

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この記事を書いた人
加屋 陽士
加屋 陽士

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