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ユダヤ人とキブツと国家レベルのWEBサービスの未来

今日はふと考えたことを今後の備忘録として書いておきます。

インターネットは永久機関のようなもので、人間が起こしたひとつひとつの行動がエネルギーに変わっています

人間は死んでしまうから永久機関にはならないけど、ひとりが死んでも他の誰かがそこで行動し続ける限り、連続ある人間集団の行動はみんなでひとつの永久機関になっていく。

そんな一定のエネルギーを集める仕組みに境界線をつけたのがWEBサービスであり、FacebookなどのSNSもそれにあたるんじゃないかな。

ここで重要なのが、実際に行動を起こしてエネルギーを生み出している人間は、その仕組みの中に金銭的利益を求めていないということなんですよ。みんな自分の行動目的の達成のために動いているだけなので一切の対価は求めていない。
 
 
たとえば、「Facebookを使ってやってるから金払えよ」なんてFacebookに対しておもってないですよね。
 
 
あっ、すこし前にその仕組みに対して金払えって言った人たちが盛り上がっていましたね。Facebookの投稿で「ここから俺の下のメンバーとして登録してくれ」と迫ってくるあのSNSです。

あのサービスがいまどれくらい盛り上がっているのか知りませんが、国家レベルに大きくなっているサービスはすべて、人間の欲求行動を見抜いて仕掛けを作って金銭的利益を求めさせずエネルギーに変えています。
 
 
これをわかりやすい言葉にすると、

資本主義の中の社会主義

といえるのではないでしょうか。
 
 
人間にはコントロールできない本能があり、力を持ってしまうとやはりどこかで欲望に負ける。これまで社会主義思想はなかなか上手くいかず、結果、現実の世界では資本主義思想が世界を牛耳っています

この社会主義というのは、市場経済を国家によって統制しようという思想が柱となっており「大きな政府」を目指しています。国家レベルのWEBサービスをみるとそこに社会主義との相似性を感じられますよね。
 

ちなみに社会主義と共産主義の違いを知らない人にはここがわかりやすいです。
意外に知らない!?社会主義と共産主義の違い

 
 

資本主義の殻に守られた社会主義。

 
ではこの先そういった国家レベルのサービスはどのような進化をとげるのでしょうか。そこんところをしっかり考えないといけません。

現実の世界で社会主義は理想というスパイクは際立っていますが、サステイナブルとは言い難い。しかし、バーチャルな世界では資本主義の中に社会主義が成り立っている
 
 
いまの状況をヘーゲルの弁証法的に考えるのならば、

「社会主義という懐かしいものが便利になって帰ってきた」

といえなくもないですよね。
 
 
国家レベルのWEBサービスでは組織の思考論理を人間から機械に置き換えることで、本能を排除した完全なる合理の仕組みを実現する。意図したものかそうではないのか、その根本発想はイスラエルの「キブツ」にあるのではないかと僕は考えているんです。
 
 

キブツ
キブツとは元来ヘブライ語で「集団・集合」を意味する言葉である。自分たちの国家建設の夢を実現させようと願って、生産的自力労働、集団責任、身分の平等、機会均等という4大原則に基づく集団生活を始め、土地を手に入れ開墾していった。当初、生活のすべてが無料で保障されるとともに構成員の労働は無報酬であったが、現在では給与が支払われるようになっている。
Wikipedia-キブツ-

 
 
労働力を提供することで生きていくことすべてが無料になる集落です。イスラエルにおける重要性は建国にまで遡ることができ、現在でも重要な存在であるそうです。

このキブツは資本主義の中の社会主義といわれており、まさにいまバーチャルな世界で起こっていることを現実で実現している一例ですね。
 
 
絶対に奪われない知識だけを頭に詰め込み、迫害に耐え続けてきた頭の賢いユダヤ人が気づいた新しい未来のイデアは、いまの国家レベルのWEBサービスだったのかもしれない。
 
 
なので国家レベルのWEBサービスの未来もまた然り。領土ではなく人間の数で宣言する国家を作ることだと僕は考えています。

その国家の中ではあらゆるアンチが排除されます。反社会的宗教、身分の不平等、機会の不均等、責任の不平等
 
 

これから70年かけて未来は完成する

この宗教の進化もまたヘーゲルの弁証法で説明できます。それはまた別の機会に書こうと思いますが、事象はすべて対極に向かって動いています。
 
 
ここまでが実現するまでにどれくらいの時間がかかるのか。
 
 
まず前提となる人間の観念の償却期間として僕は、

人間の観念は70年で完成を迎え、70年かけて滅びていく。

 
と考えています。
 
 
なぜ70年なのかというと、親・子・孫が観念を伝承していくからです。孫の代になってはじめて疑うことのない無意識レベルの観念が出来上がります。例えば、戦後から現在までの「働く」という概念を1つとってみてもそうでしょう。

戦後から始まった今の働く形が、いつまで経っても当たり前と思われている。誰も疑わない。だから観念を変えるのには孫の代までに70年はかかる。
 
 
説明するのは面倒くさいので書きませんが、この観念償却期間の理屈は何にでも当てはまります。今後の参考にしてください。
 
 
こんな理屈から今日書いた未来が当たり前になるまでの期間を考えてみると、いまから50年後から変化の兆しが見え始め、20年かけて完成すると僕は考えています。その時に自分が生きてるか死んでるかは知りませんが、70年後の自分の子どもや孫たちの時代には美しい未来が訪れていそうで羨ましい限りです
 
 

人間=動物+技術(ロボットを含む)

 
 
機械が合理的な国家を運営する。どこまで進化してもすべては人間のライフスタイルをより良くするために生み出されたものなので、機械がすべてを牛耳ってもそんなことは些細なこと。その未来の形もまた人間なのでしょう
 
 
ネーティネーティ、NO DISGUST, NO LIFE

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この記事を書いた人
福本 真士
福本 真士

代表取締役社長/CEO

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