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HOME > BLOG > 宗教って言葉にビクッとなったそこのキミ!この世はなんでもかんでも宗教なんですよ

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まるで宗教のバーゲンセールだな

宗教はね、何か神々しい対象に崇拝することだけが宗教じゃないんだよ。もっともっと身近なところに宗教はたくさん存在してる。宗教を4つの定義で勝手にまとめてしまうとこんな感じになるんじゃないかな。

 
 

1.みんなが価値を感じている
2.何かしらの便益を期待させられる
3.依存心が出てきてしまう
4.無意識に他の同列の選択肢を排除している

 
 

この定義から考えれば、お金も宗教やし会社も宗教、あとフェイスブックなんかも宗教、あのWEBサービスもあのアプリもぜーんぶ宗教。そこに信じる人がいてこの4つの定義を満たしていれば、なんでもかんでもが宗教なわけですよ。

つまり人間ってのは改めて考えてみるとみんなが必ずどこかの宗教に属してしまってるんだな

僕は一般的な認識の中での特定の宗教には属していないけど、カテゴリーごとに依存してしまって宗教化している特定のものはあるね。これは僕だけに限ったことではなくみんなそうだから、赤ちゃんみたいに物事を理解できない状態の人間以外は必ずどこかに属してる

最初はどこの宗教にも属していないんですよ。

赤ちゃんの時から物心がついてきて、誰かの甘い言葉につられてとりあえず1つ所属してしまう。この誰かってのは人によって変わってくると思うけど、自分の子どもたちを見る限りマスメディアの力がすごいよね。ものすごい引力で引っ張っていく。そしてハマらせてしまう。

「こっからここの境界線の中にいたら、すげぇおもしろいしすげぇ気持ちいいんだよ」

そんな甘い言葉で、純粋無垢な赤ちゃんたちにあの手この手で刷り込んでいく。そしたらあとは年齢を重ねるに連れて、他のさらに魅力的な境界線の中へジャンプを繰り返して生きていくんですね。このジャンプしてきた軌跡を物語る集合体が価値観というものだね。

何が言いたいかというと、「これやってます」というまんまわかりやすい宗教にハマること自体は問題ないんですよ。例えそれがどれだけカルトな団体であっても。

でもね、一番怖いのは境界線間のジャンプを繰り返すうちに、無意識の間に作り上げられた「当たり前」という観念がものすごく怖いんですよ。それだけは気をつけろってこと。

ジャンプを繰り返しているつもりが、実はものすごく大きな境界線の中のAからBにジャンプしているだけだってことに気づいてないんです。どれだけその中が苦しくても決して疑うことはない。

人ってね強烈な負の感情を与えられれば与えられるほど、そこから逃げ出すという選択肢は消えてしまうんですよね。スーパー負のスパイラル。

これってめちゃくちゃ怖いことで、その超特大の観念の中では不条理で嫌なことも笑顔で対応しなければいけない。だってそれをしていたら未来ではすげぇおもしろいことができて、すげぇ気持ちよくなれるって信じてるから。そんなこと絶対ありえないのにね。いままでやってきた笑顔がサンクコストになってしまい、いつかくる便益に対して期待し不毛な人生を生き続ける

もうそうなったら人間本来の自由意志というものを無意識に完全放棄してしまっています。そんな超特大の観念というのは深く人間の生活に根ざしてます。怖いですよね。

これはねビジネスにも同じことがいえると思うんです。昨今の自分の活動範囲ではよくイノベーションイノベーションという言葉聞こえてくるんですがね、なんでもね、必ずそのイノベーションというものには競合企業という存在が必要らしいんですよ
 
 
なんでってなりませんか?
 
 
既存の商品での戦いであればすごいわかりますよ。あの競合商品のここがダメだから、ここを新しくして売りだそうみたいなやつにおいてはね。評価対象として必ず競合が必要なんです。でもそれは超特大の観念の中でのAからBの話であって、それってそもそもイノベーションですかってこと

そんなものはイノベーションでもなんでもなく「AからB」という名前で十分。本来的にみんなが口にしたいイノベーションという言葉はそんなとこに使ってはいけない。

挑むべきは、超特大の人間の観念。競合は企業ではなく観念なんだよ

そして僕はいますでに存在している超特大の観念は悪しきものと考えている。何もかもがもう全く時代にあってない。ぶち壊したら死んでしまう人が出てしまうから、その観念自体は壊さずにジャンプ出来る人からジャンプさせなければいけない

その時に注意しないといけないのは、新しい境界線も用意していないのにジャンプさせる輩がいるということ。これも危険なんですよ。こういう快楽主義者の人たちは混沌を求めている。生きる力を身に付けた人かバカがよくいうよね。口車にのって人生があっという間にパァー。

 
 

1.みんなが価値を感じている
2.何かしらの便益を期待させられる
3.依存心が出てきてしまう
4.無意識に他の同列の選択肢を排除している

 
 

上の4つの定義を満たすものが宗教。いまの自分を見つめ直したら、ジャンプすべきポイントが少し見えてくるんじゃないですか。何か当たり前のバイアスの中で生きていないか。そんなことを考えて駄文を書いているといま、屁がでました。いやマジで。
 
  
ネーティネーティ、NO DISGUST, NO LIFE

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この記事を書いた人
福本 真士
福本 真士

代表取締役社長/CEO

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