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HOME > BLOG > 論理的に考えるほど失敗する!これからは人間的直感力を鍛えるべき

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経営者もハッカーも画家も似てるという結論

今日のブログは物事の判断基準に新しい発想を提供するために書きます。

特に何でも難しく考えがちな人に向けて書いてまして、ふんわりしたことが具体的になってまたふんわり戻しながら伝えていく中で、ふんわりした判断もいいよってことに気がついてもらえたらありがたいです。

突然ですが、僕がIT業界に興味を持ったのは7年程前にポール・グレアムの「ハッカーと画家」という本を読んだ時に遡ります。本の内容に描かれる社会が年々具体化しているように感じています。

そこではプログラマというオタク的職業に市民権が与えられるどころか、そいつらが最もすごい市民になるんだってことが書かれていて、いまのシリコンバレーや日本の状況を見ると「まさに」と唸ってしまいますね。

僕はその当時はプログラミングも出来なかったし興味もなかった。なぜそんな本を手にとったかも覚えていないけど、その本を読んで強烈な好奇心に駆られたことは確か。

そこからプログラマの道に足を踏み入れてから数年経って、同じ業界で自分で会社を起こして今に至るけど、結果的にわかったことは経営者もハッカーも画家も、
 
 
ただ楽しいからやってるだけ
 
 
ってこと。

僕も昔は何かお金以上の大きなミッションを掲げなければ、という焦燥感から無理やりミッションを打ち立ててそれに邁進していました。

しかし結果から考えてみると、ただ自分の感情を複雑にこじらせてそう思い込んでいただけで、その当時を振り返ってみると毎日登場する新しいことを楽しんでやっていただけなんですよね。

直感のままいこう。それが人間的に正しい。

最近は自分の頭で考えたことはそもそも論理的なのか、ということを深く考えるようになりました。

そう考えるようになると自分の頭で考えたこと全部に同じことが言えるので、考えれば考えるほど自分の思い込みに踊らされているだけなんじゃないかと、自分に誘導尋問されて導かれてるだけなんじゃないかと、わけわかんなくなってきます。
 
 
だから最近は未来のことに関しては、論理的に考えることを「スパッ」とやめてしまったんですよね。
 
 
ただこれはビジョンが何もないというのとはちょっと違っていて、大局的に世界がどうなっていくのかという未来予見に関しては、論理というより人間の本能に近いことと捉えているので、論理的に考えることをやめても問題がないと感じています。

客観的に世界で起こっていることが今後どうなっていくのかを想像していくと、「論理的に」というより「人間的に」このように変化していくという方がしっくりくるんですよ。
 
 
例えば市場の論理で、新しいモノが登場して人気が出たら量が足りなくなり、量が足りなければ量を増やし、量が増えたら質を求め、質を求めたらまた新しいモノが登場する。
 
 
なんて流れに関しても、論理とは言いつつも量が足りていないタイミングがきたら人間の素直な感情として「あーもっといっぱい売ってくれないかなぁ」ってなりますからね。
 
 
この感覚が人間的な感覚です。
 
 
なので僕はちゃんとサービスを考える時の大前提にしているのは、いま求めているものと「人間的に発展した未来」で求めるものが一致していないと作らないということを重視しています。
 
 
これを実践していく中で何が楽しいのかというと、何かしらの戦略的一手を打つ度に人間の素直な反応が得られることです。

反応が悪ければ「人間」から逸れているということ。ダメサービスです。
 
 
実はこの感覚は、プログラムを書いてちゃんと動くかどうかをチェックするときの楽しみに似ているんですよ。

ここでおもしろいのが、その似ている感情同士をドッキングした時に気づいたのですが、プログラムを書いてる時も全く論理的に考えていないのです。

プログラムは勝手に論理的に動くものなのであえて人間が論理的に考える必要はなくて、まともに動かすために直感的に指示を与えていったものの積み重なりです。
 
 
そう考えるとかなり大雑把なまとめ方ですが、機械が得意な論理とは所作の結果を見てまとめる時に使えるもので、リアルタイムで判断する時は人間が得意な直感で常に判断するのがベターということですね。
 
 
つまり、直感の中には過去の論理や感情や本能など色んなものが渦巻いているので、あえてそこを切りださずそのまま使ってしまえってこと。

直感のままいこう。それが人間的に正しいのです。

そこに絡んでくるお金という概念

ただこんな考え方をしていると、全部直感で楽しいことだけを攻めたとしてお金を儲けられるようになるのかという疑問が出てきます。

日本人なら特にこの疑問は当然出てきますよね。楽しいことがお金になるなんて倫理観から外れますから。

この答えに関してもシンプルです。
 
 
お金になります。
 
 
突然ですがここで僕が考えるお金と価値の考え方の話を先にしておきます。ちょっと抽象的な話ですが想像力を最大にしてお付き合いください。

さっきの人間的発展にちゃんと乗っかっていることを前提とすると、進化するのに伴ってサービスに貯まっていくのは、
 
 
お金ではなく価値であるべき
 
 
ということが言えます。
 
 
あえて「あるべき」としたのには理由があります。
 
 
というのもお金も価値も源泉は「価値」なのです。価値をお金に変えるか、さらに価値に変えるのかということ。

つまりお金を貯めるということは、貯まった価値を次々にお金に変換して見える化することですね。これはサラリーマンにでもアルバイトにでもサービスにでも誰にでも何にでも言えます。

それを理解した上で、貯めるべきはお金ではなく価値で「あるべき」理由は「価値は価値を生み出す」からお金よりも価値が高いのです。
 
 
「価値」がいっぱい出てきて意味わかんなくなってきましたが、まだ攻めます。
 
 
この定義はサービスが人間的発展に乗っかっている前提が必要ですが、価値を持っていると価値自体にレバレッジがきいて新しい価値を生み出すのでどんどん価値が増え続けるんですよ。

それをお金に変換していくのはもったいない。価値は資産にもなるしキレイにお金に変えることもできる。

しかし、反対に一旦お金に変換してしまうと、お金でお金を生み出すためには「金融」に走るしかないですからね。

金融業は普通の業界以上に人間の感情が深く絡みついており、上手くいけば働かずしてお金は稼げますが、人間的発展をイメージするのは難しいので普通の人にはなかなかハードなゲームです。

なので、お金を求めている人は結論的に最も効率がよい金融にたどり着きます。
 
 
だからこそ僕は「お金だけじゃない何かを求めているんだ」という結論に至っていますし、今のところ金融業界で稼いでいく予定もないので僕と同じような考え方の人は、持ってる価値を次々にお金に変えていくことはもったいないですよというのが言いたかったことです。

せっかくたくさんの価値が流れる人間的発展をしていく素晴らしい道を作ったのに、その道を誰かにまるごと売ってしまうようなことはやめましょう。

僕もこれまで何度も同じ間違いをしてきましたし、いまはそれが不毛なゲームへの入り口だと気がついています。

そんなことを続けていても、このやり方が売れると知った競合たちは一度あなたの商品を購入して同じ価値の貯め方を学び、同じようなものを作ってもっと安く仕掛けてくるでしょう。

その不毛なレースから抜け出すためには圧倒的な価値を貯め抜いてブランドを構築しなければなりません。
 
 
そしてそこに流れる価値は一朝一夕では作れないので、自分のオリジナリティとして切り出して加工して販売してあげればお金に変わるんですよ。
 
 
ここまで理解できれば価値があることとお金を持っていることは等しいか、それ以上に評価されることもわかると思うので、それを信用にレバレッジをかけて新しい価値を次々に生み出していくことを考えるようになります。

つまり、お金だけじゃない何かを求めて直感で楽しいことだけを攻め続けても、それが人間的発展であればしっかり価値は貯まっていくのでお金に変わるということです。それも勝手に増え続けるという価値に。

イメージが伝わればオッケーです。そろそろまとめに入ります。

シンプルに直感的を使って楽しいことをやるだけ

僕は小さい頃からデカくて意味がわからないものに惹かれる傾向がありました。特に好きなのは小学校の窓から見えていたからか岡本太郎の「太陽の塔」が好きです。

僕が太陽の塔を好きな理由を自分なりに理由をこじつけようと思えばできるけど、それをしたところで一瞬は満足できるかもしれませんが、時間が経てばやっぱ単なるこじつけでしかないなってことに回帰します。

最初からそうなるのがわかっているからこそ、芸術作品の判断基準は「なんか好き」という程度の感覚だけで十分。
 
 
そしてこの感覚が芸術作品だけではなく、経営にしてもハッカーにしても画家にしてもそれが重要だってことに気がついたんですよ。
 
 
ここまで散々書いてきた人間的直感ってことですね。それは機械には真似できないからこそ人間はそれを極めるべき

学生時代に読んだ岡本太郎の本に「無条件無目的無償」だとか「いつ死ぬかわからんからこそ今という瞬間を爆発させろ」とか書いてありました。

自分なりに解釈して生きてきたつもりだったけど、最近ようやく経験から実感できるようになってきたんですよ。いまは本当にそう思う。

目的のない仕事があってもいいと思うし、対価を求めない仕事があってもいい。

本能的な好きに従って生きることだけが正しくて、自分の中にある「生きる」を邪魔する要因を探しだして、それを徹底的にぶっ壊し続けるために必要なことがサービスになって、無理やり過去の論理から導き出したものよりも精度の高いモノに仕上がる。
 
 
まるで最近のスタートアップは芸術家みたいですね。
 
 
人間的に直感的に好きかどうかで判断するように心掛け、その結果に対してはプログラムを書いて論理的に整理。そこに貯まってくる価値を少しだけ切り出して加工して販売する。
 
 
ふんわりした判断基準と綿密な計画をいったりきたりしながら、ビジョンレベルで選択と集中を実現できればこんなに気持ち良くてアーティスティックなことはないんじゃないかな。

おわり。

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この記事を書いた人
福本 真士
福本 真士

代表取締役社長/CEO

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