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HOME > BLOG > 知識なんてもう不要!これから注目すべきは「経験知」の学び方

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これからの時代に必要なのは知識ではなく経験知(=ディープスマート)

同じありがたい話を聞いても人によって吸収効率は違うので、その後の成果に大きな差がでるのは周知の事実。

個人であればそれは問題ないが、こと会社という1つのチームになってくると個人ごとの成果の差は大きな問題になってくる。

できることなら全員が最大吸収効率で成果も最大化していきたい。

このような内容をテーマにディスカッションしてみると、成果が低い人間ほど知識量のせいにするんですよ。

知識があれば成果につながるのか?

知識なんて今や誰でも簡単にアクセスできるし、その書いてる内容をそのまま立て並べることで成果につながるのであれば、キミの存在価値はどこにあるのってことになる。

こう聞くとその人は「この知識を見つけてきたことです」って言うだろうけど、ではこっちとしては「もっと早くこの知識を見つけてこれる人を探す」って結論に至る。

ただ知識に早くたどり着けることとその人が成果を残すことの相関関係はかなり低いので、そうなると成果につながる知識にはもっとコアな何かが存在しているんですよ。

実際にうちの会社内でこんな不毛な議論はでないけど、3歩手前くらいまでの意見はたまに出ますよね。

なんか根本的に間違ってる気がしたのでちょっと考えてみました。

何が成果につながる知識になるのか?

まず「知識」という言葉で一括りにしてしまっているのが問題だと考え知識について調べてみたんですね。すると知識は2つに分類することができるとわかりました。
 
 

  • 1.形式知
  • 2.暗黙知

 
 
簡単にこの2つの知識を説明するとしたら、言葉で表すことができるか否かの認識で問題ないと思います。

僕は自分のビジョンとして、これからの世界では誰でも簡単にアクセスできる形式知の価値が暴落していくと考えていますので、重視すべきはまだ言葉にできていない暗黙知だと捉えています。

余談ですが一般的なナレッジマネジメントと言われているもののほとんどが形式知をデータベース化したものが多いです。

体系的に書かれていて、主観を排除した至極マニュアルチックな知識です。すごく機械的なアプローチなので入口と出口が決まっている課題に対してはパワーを発揮します。

しかし、何度も言いますが答えが見えているアプローチが簡単な分野の仕事に、人件費の高い人材を投入することはありませんので、成果につながるかどうかの問題を解決するために形式知の総量の多い少ないを論じることは不適切です。

では暗黙知を言葉にしていけばいいのではないか?
 
 
それを行うことが最終目標ですが一筋縄にはいきません。その理由は、
 
 
暗黙知は経験に紐付いている!
 
 
冒頭で経験知と書きましたが暗黙知は経験からしか得られません。つまり、ちょっとジャンプしますが暗黙知は個人の主観に紐付いているということなんですね。

なぜジャンプしたのかはリズム感よく結論までいきたかったからで、ここでまた僕のビジョンを通した説明が必要になります。

ざっくり共有しておくと数字やデータというものは客観的なものでしたが、成果を上げる人は数字やデータの使いこなし方を知っている人で、属人化しているという言葉にもあるように特定のキーパーソンなのです。

そのキーパーソンの中から誰でも簡単に得られる数字やデータなどの客観的知識を除外したあとに残るのは、過去それらを使いこなしたことがあるなどの経験から形作られる主観的な経験知ということですね。

なので暗黙知は主観に紐付いています

これからは機械的な西洋思想からより人間的な東洋思想に螺旋的に回帰してくると考えていますので、機械的な客観より人間的な主観を重視していくべきと考え、僕の中では今後この動きは加速していく予定なのでさらに深めていくつもりです。

このあたりの説明がわかりにくければ言ってください。いま新幹線で乗り物酔いしながら書いているので読み返すことはしません。一発勝負です。
 
 

では経験知を学ぶにはどうすればいいのか?

暗黙知とか経験知とか書きましたがわかりやすく「経験知」で統一します。

経験知の学び方は他人の主観を学ぶことですので、要は条件分岐ごとに生じる感情を学ぶことではないかと僕は考えています。

例えば営業マン。

お客様の条件ごとに刺せるポイントが違ってきますし、話してる時間やタイミングによっても刻一刻と条件は変わり臨機応変に対応しなければいけません。

この状況を形式知と経験知にわけて説明してみます。

形式知はこういう状況のお客様にはこのように伝えなさいという条件分岐に対応したテクニックを言葉にしてしまうこと。

経験知は条件分岐の際に、自分の内面を省みて「自分」と「お客様」の感情を揺れを言葉にすること

この違いを見ても明らかなように経験知は感性の言語化であり、ストーリーからしか学べないと言われる所以はそこにあります。カバン持ちとかまさにそうですよね。感情のドッキングです。
 
テクニックを学ぶのではなくて、なぜそのテクニックに至ったのか「感情の揺れ」を言語化しようぜってことです。
 

長くなってきたのでここらでやめます。

最後に、同じ話を聞いても吸収効率と成果の最大化を実現するためには、本でもネット記事でも人の話でも何でもいいから、語られるストーリーの奥底に流れる感情の揺れをキャッチしながら吸収していきましょう、ということが言いたかったことです。

最近うちの会社でもそこを重点的に課題を与えることで爆発的な成果を上げる人間が増えてきました。

これを極めだすと、この本の内容は薄いとか濃いとかこの人の話は薄いとか濃いとか、濃度がわかるようになりますよ。仕事って楽しいですね。

おわり。

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この記事を書いた人
福本 真士
福本 真士

代表取締役社長/CEO

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